写さない演出
引用したのは「ジュラシック・パーク」(1993年)の有名なシーン。
地鳴りとコップの波紋が、闇に隠れて姿の見えないティラノサウルスの存在を暗示し、登場人物と観客の恐怖を煽ります。
こういう表現は、ホラー映画やオカルト映画でよく見かけますよね。
間接的に表現することで、より存在感を高める手法とでもいえばいいでしょうか。
これは「遊星よりの物体X」(1951年)の、宇宙船発見シーンです。(3分あたりから。ネタバレ注意。)
予算の問題もあったのかもしれませんが、初めて見たときセンスの良さに感動しました。
少々大げさにいえば、映像は演出次第で、見せることができない(写せない)ものをも表現できる可能性を持っています。
「サイコ」(1960年)で、探偵が殺人鬼に殺されるシーン。
殺人鬼の顔がバレないように、わざわざ俯瞰で撮影しています。
殺人鬼の正体はこの映画のミソ。
映画の流れの中で、不自然さを感じさせないように顔を隠しています。
「ゴッドファーザー」(1972年)では、わざと役者の眼窩が影になるようにライトが当てられています。
画面に写っている光源は、ブラインド越しの窓からの光、背の低いスタンド、壁の照明だけですが、人物を照らしている最も強い光は、ほぼ真上にある撮影ライトの光です。
そのライトが、役者の眼窩をサングラスのように暗くしているのです。
眼を写さないことで、観客はキャラクターの内面が推し量れなくなります。
マフィアの世界を舞台とする映画にふさわしいライティングです。
写す技術
普段のビデオ撮影では、当たり前ですが、「写す」ことに全力を傾けています。
基本は「正面から」「明るく」撮ることです。
ですからイベント撮影では、可能な限り前に回り込んで撮影位置を確保し、人物撮影では、お顔がキレイに写るよう光源を確認し、必要があればライトをセッティングします。
これは、アマチュアの方には意外と難しいことだと思います。
数時間休みなしでポジションを探しながら撮影したり、微妙な光の具合を読んだりするのは、仕事の経験があって初めてできることだからです。
ビデオ撮影が簡単になった今だからこそ、私のような業者にはこの基本が大事だと考えています。
一方で、映画やCM、アート作品では、あえて「写さない」演出が「表現」の面白さを生むことも確かです。
ですから仕事によっては、いわば「基本とは逆」のテクニックを使えるかどうかが重要になります。
見えないものは写りません。これは当たり前のことです。
見えないものを写すテクニックなど存在しませんが、しかし、見えないものを表現することはできるかもしれません。
カメラを回すとき、それだけは忘れないようにしています。
余談ですが、「ゴッドファーザー」の撮影監督ゴードン・ウィリスは、この映画の影にこだわったライティングについて、やりすぎて暗くしすぎた場面もあると後に後悔(?)の言葉も語っています。
表現は諸刃の剣なのだと思います。
私自身は、基本が要求される現場で「表現」を言い訳にすることだけはしないよう常に自戒しています。
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