ズームレンズは表現の道具
一般的な認識では、ズームレンズはズームアップするためのものです。
つまり、離れた位置から撮りたいもの(被写体)を大写し(クローズアップ)にするためのものというのが普通の考え方です。
でも実は、ズームレンズの役割はそれだけではありません。ズームレンズは表現するための道具でもあるのです。
カメラマンにとってのズームレンズは画家の筆と同じです。それを使って遠近感をコントロールし、様々な表現をすることができるからです。
どういうことか、まずは絵における遠近法から簡単に説明します。
絵を描くときの遠近法
遠近法は英語でいうとperspectiveなので、イラスト・漫画の世界では、略してパースと言ったりしますね。
遠近法は絵画が写実的になって生まれました。
遠近法というのは、簡単にいえば、遠いものを小さく、近いものを大きく描く技法です。
これは当たり前のことのように思えますが、歴史的にいうとそうではありません。
エジプトの壁画を思い出していただければわかる通り、遠近法が当たり前になる以前は、神様など重要なものをより大きく描いていました。
絵の中の物の大小が遠近として見えるのは、遠近法の時代に私たちが生きているからです。
さて、物の大小が遠近として認知されるということは、逆に言えば、大小の比を操作すれば遠近感をコントロールできるということです。
漫画でお馴染みですが、前に突き出した拳を殊更大きく強調すれば、遠近感が増して迫力あるコマを描けます。
画家や漫画家は、そのように遠近感をコントロールすることで、様々な表現をしているわけです。
ズームレンズの遠近法
広角と望遠
ズームレンズとは、簡単にいうと画角を変えられるレンズのことです。
画角とは「写る範囲」のことです。
写る範囲が狭くなるほど被写体は大きく写ります。それがズームアップするということです。
人間の目で見たときより広い範囲が写る状態を広角、狭い範囲しか写らない状態を望遠といいます。
ズームレンズで最も広い範囲が写る状態をワイド端、最も狭い範囲が写る状態をテレ端といいます。
ズームレンズで遠近感をコントロールできる
ふたりの人物が前後に並んでいるとします。
画面上で前の人物の大きさを変えないように、近づいたり離れたりして撮影します。
画面上で前の人物の大きさを変えないように、ですから、ズームレンズを操作する必要があります。近づいたときは広角で、逆に離れたときは望遠で撮影する必要があります。
すると、以下の変化が起こります。
- 近づいて広角で撮影すると、後ろの人物は小さく写る
- 離れて望遠で撮影すると、前後の人物の大きさの差がなくなる
という変化です。
再度書きますが、遠近感とはモノの大きさの比です。ということは、これは遠近感が変化しているということです。
つまり、近づいて広角で撮るほど遠近感が強くなり、離れて望遠で撮るほど遠近感が弱くなるということです。
画面にできるだけ遠近感を出したいときはズームレンズのワイド端を使って近づいて撮影する。逆に、画面にできるだけ遠近感を出したくないときはズームレンズのテレ端を使って離れてて撮影する。そういう使い方ができるのです。
広角レンズのトリック
広角レンズを使ったしたトリック撮影は、ネットでもよく見かけます。
たとえば友人を自分の手のひらに載せているように見せたりする写真や動画です。
あれは近づいて広角レンズで撮影することによって遠近感が強調され、手前の人物に比べて後ろの人物が極端に小さく写ることを利用したトリックです。
探してみたら、このブログで使えるフリー画像にもありました。
この写真は後ろの人物にピントが合ってなくて今ひとつですが、もっと広角で撮影できるカメラ(たとえばビデオカメラならGoProなどのアクションカメラ)を使えば、後ろの人物はもっと小さく写りますし、ピントも合いやすくなります。
望遠レンズのトリック
野球中継を見ると、投手と打者がすぐ近くにいるように見えます。
あれは、離れたところから望遠レンズで撮影することによって遠近感が弱くなり、手前の人物と後ろの人物の大きさの差が小さくなることによる錯覚です。
下の写真もこのブログのフリー画像ですが、打者と投手がとても近く見えます。
ドリーズーム
この動画は、私が近所の公園で撮影した写真をつないだものです。
最初は離れた位置から望遠で木を撮影し、そこから少しずつ等間隔で近づきながら撮影しています。
また、シャッターを切る度に、近づいた分だけズームレンズを広角側に回して、木の大きさが変わらないよう調節してます。
離れて望遠→近づいて広角と変化することによって徐々に遠近感が強調され、背景のビルが退いていくように見えます。
この動画はいわゆる「コマ撮り動画」ですが、同じ撮影をドリー(移動車)とムービーカメラでスムーズにやると、「ドリーズーム」というトリック撮影になります。
ヒッチコックが映画「めまい」で、高所恐怖症の主人公の主観ショットとして使ったことで有名です。
ズームレンズはカメラマンの絵筆
冒頭に書いたとおり、カメラマンにとってのズームレンズは、画家の筆と同じです。
同じクローズアップでも、ズームアップするのと、広角レンズのまま被写体に近づくのとでは、画面の表現がまったく違ってきます。
遠近感の違いは、被写体と視聴者との距離感としてダイレクトに伝わります。それ以外にも、シチュエーションによって様々なニュアンスを画面に生み出します。
カメラマンにとってズームレンズとは、ズームアップのための便利な装置ではありません。
大げさにいえば、いつも感性をのせて操作しなければならない、なかなか大変な道具なのです。